昨日は母の日でした。
だからと言うわけではありませんが、人生初の生舞台観劇に行きました。
主人は東京のため、息子たちだけでお留守番してもらって、心にビタミン足してきました。
主人は東京のため、息子たちだけでお留守番してもらって、心にビタミン足してきました。
少し話がズレますが、私の学生時代、私の母は、働きに出ず、家で内職のパートをしていました。朝は行ってらっしゃい、家に帰るとただいま。という母の挨拶が必ず聞こえる学生時代を送った私は、家に帰ると母がいる、という安心感にいつも包まれていたと思います。私が社会人になった後、母は働きに出ました。元気すぎる母は、毎日精力的に働いています。
たくさんの母親像があり、家庭それぞれの事情があり、何がいいとか悪いとかではないですが、私の母は、いつも子供優先、子供に自分の全てを捧げるような、愛情深い方です。そんな母に支えられたから、ほんとに辛くて、酷く体調を崩した時も、あんなに辛かったのに、なぜか、死にたいとか、辛すぎて人生にピリオドを打ちたいと思ったことは、一度もありませんでした。産んで育ててくれた母がいたから、両親からいただいた命を要らないとか無駄にするという考え方は、頭の中に全くなかったのだと思います。
中学生の時は、忘れ物をすると学校の公衆電話から母に電話をして持ってきてもらったり、迷惑もたくさんかけていました。言い訳にはなりますが、私が中学校の先生を恐れていたことを母は理解してくれていたのですが、今思えば、私は母を便利屋扱いしていたようで、申し訳なく思います。私にとって母の存在は何よりも大きく、母ほど尊敬できる人は他にはいないかもしれません。いつも子供優先、子供がトラブルや悩みを抱えていると、自分ができることならやってあげたい、といつも私の味方でいてくれました。母がいつもそばにいてくれたから、私は安心した子供時代を送ることができ、それが今の自分の安定に繋がっています。この安心感を、我が子にも感じてもらいたい。私も、いつも私を支えていてくれていた母のようになりたい。母のような母になりたい。とずっと思っていました。
余談が長くなってしまいましたが、そういうこともあり、子供を放置して出かけることに申し訳ない気持ちもありましたが、今日だけは許してね、今日だけは私の時間をちょうだい、というかんじで、息子たちを留守番をお願いして、今回は私一人で外出しました。
とても有難いことに、私の大好きな友人の一人、まるで私の母のように献身的な彼女が、我が息子たちにうちに遊びにおいでと言ってくれて、夕方までは、息子たちは友人宅にお世話になり、夜は、近くのスーパーで夕ご飯を買うように夕ご飯代を渡して外出しました。
とても有難いことに、私の大好きな友人の一人、まるで私の母のように献身的な彼女が、我が息子たちにうちに遊びにおいでと言ってくれて、夕方までは、息子たちは友人宅にお世話になり、夜は、近くのスーパーで夕ご飯を買うように夕ご飯代を渡して外出しました。
昨日観た舞台は、
主演は仮面ライダーでおなじみの土屋シオン君。
特別出演として、和泉元彌さん。
特別出演として、和泉元彌さん。
劇団を率いるのは、アトエモ(@emotion)代表 作・演出担当 門野翔さん。
門野翔さんは、病名等、詳細は公表されていませんが、1か月ほど入院されていて、今回のネバエバが復帰作となりました。心配されていた熱狂的なファンの皆様が、門野翔さんの復帰を見守るために各地から大阪へ来られたと聞きました。
今回の大阪公演は、並大抵のことでは成しえなかったことだったんだろうな、って、Twitter等から察することができます。門野翔さんは、今後の劇団の発展のためにも、何とか、大阪公演を成功させ、願わくば満席、と節約のために高速バスを利用して大阪までいらっしゃって広報活動をされたり、代表として精力的に飛び回っていたようですね。今回の入院は積み重なる疲労や大きな責任感によるストレスが祟ったのかもしれません。大病だったらととても心配でしたが、何はともあれ、無事に退院され、今作で復帰され、舞台を観る限りでは、とてもパワフルにお芝居をされていたことが何よりもうれしいことです。命がなければ何もできません。何卒、無理しすぎず、ご自愛いただきたいですね。
今回の大阪公演は、並大抵のことでは成しえなかったことだったんだろうな、って、Twitter等から察することができます。門野翔さんは、今後の劇団の発展のためにも、何とか、大阪公演を成功させ、願わくば満席、と節約のために高速バスを利用して大阪までいらっしゃって広報活動をされたり、代表として精力的に飛び回っていたようですね。今回の入院は積み重なる疲労や大きな責任感によるストレスが祟ったのかもしれません。大病だったらととても心配でしたが、何はともあれ、無事に退院され、今作で復帰され、舞台を観る限りでは、とてもパワフルにお芝居をされていたことが何よりもうれしいことです。命がなければ何もできません。何卒、無理しすぎず、ご自愛いただきたいですね。
今回の大阪公演の苦労を何となく察していたので、すごくいい作品でも、知名度がないと集客できない。世間って甘くないな、悔しいな、って、思いました。
逆に、知名度があれば、言い方は悪いけど、適当な作品でも、出演される役者さん目当てにお客さんは集まる、というのが現実だと思います。
世間って結局はモブなので、実は単純で、マインドコントロールさえできれば、大衆を動かせるんですね。
ファッショントレンドもそうなのですが、マインドコントロールでそれがオシャレだと思い込でしまっていたり、モブの圧力に押しつぶされて、オシャレだと言っておかないといけない雰囲気。自分だけが、これおかしいくない?って本音を言えば、大衆に睨まれ叩かれ、押しつぶされる。
完全にマインドコントロールされていた人が、洗脳からふと目が覚めて我に返り冷静になったとき、え?これって本当にオシャレなの?って思うけど、おかしいなんて言い出せない。もともと胸の内では、おかしいって思っていても、言い出せない、言わない方が無難。って思うこと、ありませんか?
集団の圧力というのは、怖いですよね。
常に自分の定規で物事を計れる人間ばかりだったら、個性とか、らしさとか、ユニークさがもっと浸透し、個人が尊重され生きやすい世界になると思うのですが、悲しいかな現実は、モブをマインドコントロールできた人が成功するのが、この世界なのかな。
門野翔さんの苦労を知っていた人たちは、誰もが、私にできることがあったなら、と、思ってしまったと思います。友人にこの舞台を進めるとか、ほんの小さなアクションでも、塵も積もって山となると思えば、微力でも何か私にできること、満席にするお手伝いができないか、そういう思いで、せめて自分だけでも観劇に行こう、と思ったことだと思います。
そんな苦労をなんとなく聞いていたこともあって、昨日の舞台は、終始とても感慨深い思いでしたし、私の人生初の生舞台観劇にふさわしい、一見、ふわふわしたおめでたいファンタジーのようで、すごく奥の深い作品でした。
NEVER EVER NEVERという物語は、観る人によっては自死を感じさせるテーマ。
実は、主演の土屋シオン君も、とても悩んだ時期があったそうです。
誰もが悩みはありますが、一度でも死というものを考えたことがある、というのはとても心が締め付けられる思いです。生きててくれてありがとう。
夢の中のようなきれいでかわいい、キラキラファンタジーの世界の中に、何のひねりもなく語れば辛辣で暗いメッセージを、絶妙に溶け込ませカモフラージュし、内に秘められたメッセージは老若男女それぞれの解釈に委ねられた作品でした。
突然訪れた母の死を受け止めきれない男の子。
世間を受け入れられない男の子は母を探す長い長い旅に出る。
その旅路の末に待つのは、結末か終末か。
この夜が終われば。朝日を見ればまた違う世界が広がる。
知った気になるのが大人なら、僕はまだ子供なんだ…
世間から変わってると言われる息子をいつも支えてくれた母。
その母が息子の前からいなくなる。
その母が息子の前からいなくなる。
支えてくれる人を失い、自分に対する世間からの批判から助けてくれる者もいない。
訪れた別れや、世間を受け止めきれない進(ススム)は、母 月子を探す旅に出る。
訪れた別れや、世間を受け止めきれない進(ススム)は、母 月子を探す旅に出る。
大人になって失う真っ直ぐな心。
大人になって得る貧しい心。
世間の偏見、先入観、世間が勝手に決めた普通。
大人になって得る貧しい心。
世間の偏見、先入観、世間が勝手に決めた普通。
そこから逸れる者は批判の嵐を浴びる。
こんな世界、嫌だ。
ママがいない世界なんて嫌だよ。
ママがいない世界なんて嫌だよ。
そんなふうに思う男の子の旅路の末には何が待つのか?
千穐楽が母の日だったのは、それは偶然なのか、必然だったのか。
母の日のある週末を狙って大阪公演を設定していたのか、それは分かりませんが、母の日に観るべくして私は劇場に導かれたかのような、初めての生舞台観劇がネバエバでほんとうに良かったと思える、母と子の感動の物語でした。
母の日のある週末を狙って大阪公演を設定していたのか、それは分かりませんが、母の日に観るべくして私は劇場に導かれたかのような、初めての生舞台観劇がネバエバでほんとうに良かったと思える、母と子の感動の物語でした。
初めての生舞台観劇で、初めてのスタンディングオベーションというものに参加できて、しかも、トリプルカーテンコール。その内、2回目、3回目のカーテンコールはスタンディングオベーション。舞台上で目がキラキラ涙ぐむ演者さんたちを見ていると、こっちもじわーっと来るものがありました。
スタンディングオベーションと、それに応える役者さんたちの挨拶。
こういうのは生舞台でしか味わうことのできないの醍醐味ですね。
こういうのは生舞台でしか味わうことのできないの醍醐味ですね。
@ emotionは平成生まれが集まった団体ということで、若々しく生き生きしています。演劇界にあまり馴染みのない方(私もその一人)にとっては、土屋シオン君、特別出演の和泉元彌ぐらいしか、知ってる!って演者さんはいないかもしれませんが、演劇界ではあっちこっちの舞台で登場するお馴染みの平成生まれの役者さんたちがたくさん出演されていました。
エバネバは才能ある方々がたくさん集まった舞台で、どの演者さんたちも個性豊かで、すごく見応えがありました。和泉元彌さんはやはり、ド迫力、声の通りや出し方が卓越しているって思いました。私の席の目の前に立たれたとき、見えない力に押されるような大迫力に圧倒されました。和泉元彌さんは特別出演とのことで、目立ちすぎてはいけない立場にいらっしゃったのでしょうか?重要なキャラクターの一人を演じられていたので、カーテンコールの時、挨拶されるかな?と思ったけど、一言も話されることなく、ひっそりとしていらっしゃいました。私的には少し残念でしたが、そういうものだろうと割り切っておきます。
エバネバは才能ある方々がたくさん集まった舞台で、どの演者さんたちも個性豊かで、すごく見応えがありました。和泉元彌さんはやはり、ド迫力、声の通りや出し方が卓越しているって思いました。私の席の目の前に立たれたとき、見えない力に押されるような大迫力に圧倒されました。和泉元彌さんは特別出演とのことで、目立ちすぎてはいけない立場にいらっしゃったのでしょうか?重要なキャラクターの一人を演じられていたので、カーテンコールの時、挨拶されるかな?と思ったけど、一言も話されることなく、ひっそりとしていらっしゃいました。私的には少し残念でしたが、そういうものだろうと割り切っておきます。
エバネバ大阪公演のことは、だいぶ前から知っていましたが、やはり息子たちのこともあり即決できず、直前まで、行けるかどうかわからない状態でした。大好きな友人のサポートのおかげで行けることになり、チケットをギリギリに取ったので、席は全く期待していなかったのですが、前から2列目で、演者さんの立ち位置が私の目の前にあったため、え!こんなに近いの!って、大迫力で初めての生舞台観劇を大いに楽しむことができました。
直接的に、自死がテーマ、というわけではなく、観る人によって、そう解釈できる作品。コロナがやっと落ち着いてきたところですが、コロナ渦は、芸能界でも悲しい出来事が本当にたくさん起こって、テレビを付ける毎に、芸能人たちの心の内に秘められた苦悩がうわーっと押し寄せるようで、暗い空気が流れ込むような気がして、感情の起伏が激しい私にとってはしんどいものがありました。テレビの向こう側にいる有名人のいろんな表情を見ていると、心の声が聞こえてくるようで、ちょっと耐えられないものがあったのです。それで、テレビは有害だと思って、我が家のテレビアンテナを取り払ったんですよ。ほんと。真面目な話。
演劇に興味が出始めたのは、1年も満たない、つい最近のことなのですが、演劇もテレビも、同じ芸能ではあるものの、約2時間という枠を、終始カットなしで生で演じている舞台俳優さんたちの集中力、人間の偉大な能力を、直に、間近に、感じられるような、ドラマとは違った感動があります。
演劇に興味が出始めたのは、1年も満たない、つい最近のことなのですが、演劇もテレビも、同じ芸能ではあるものの、約2時間という枠を、終始カットなしで生で演じている舞台俳優さんたちの集中力、人間の偉大な能力を、直に、間近に、感じられるような、ドラマとは違った感動があります。
舞台、いいです。
心のビタミン足りてるか?(私の好きなココチャンネルからw)
心のビタミン足りてるか?(私の好きなココチャンネルからw)
テレビからちょっと視点を変えて、舞台観劇で心のビタミンを補ってみるのもいいですよ。
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